移住支援金は、東京圏から地方へ人を“呼ぶ”ための制度です。奨学金返還支援は、地元で暮らし働くことを条件に返還を支える制度で、進学で地域を離れた若い世代に“戻ってもらう”ことも視野に入れています。その手前、進学のタイミングそのもので人を“離さない”という設計に取り組む自治体があります。新幹線通学への補助です。
「呼ぶ」でも「戻す」でもなく、「離さない」という設計
進学は、若い世代が地元を離れる大きなきっかけのひとつです。移住支援金は、東京圏から地方へ移住して就業などをした人に、世帯100万円以内(18歳未満の子ども1人につき最大100万円を加算)、単身60万円以内を支給する制度で、申請から5年以内に転出した場合などには返還が求められます(移住支援金は“もらって終わり”じゃない)。奨学金返還支援は、地元での一定期間の居住・就業を条件に、奨学金の返還を自治体が支援する制度です(奨学金支援の条件は ーここで暮らすこと)。どちらも、すでに地域の外にいる人を呼び込む、あるいは呼び戻す場面で力を発揮する設計です。
新幹線通学への補助は、前提が異なります。進学の時点で転出させず、実家に住み続けたまま新幹線で通学してもらう——つまり「出る」こと自体を、最初から起こさない設計です。
新幹線通学を「定着の条件」に組み込む自治体
静岡県長泉町の「定住のための新幹線通学支援補助金」は、高校等を卒業した年度の末日以前に3年以上継続して町内に住んでいた人が、町内に住み続けながら新幹線で大学等へ通学する場合に交付される補助金です。対象はJR三島駅から新幹線営業キロで片道100km以上の区間、またはJR三島駅~新横浜駅間の通学定期券で、補助額は前者が月2万円、後者が月1.7万円。大学等に入学した年度の4月1日時点で25歳未満であること、町が指定する事業に参加できること、町税等の滞納がないことも要件となります。あわせて「長泉未来人定住応援事業奨励金」へのエントリーが求められており、より広い定住施策の一部に位置づけられています。
新潟県糸魚川市の「大学生等地元定着促進新幹線通学応援事業補助金」は、制度名にすでに「地元定着促進」と明記されています。対象は市内に住み、新幹線通学定期券でJR糸魚川駅から大学等に通う人で、卒業後も市内に住所を置き、地元に就職する意思を持つことが要件です。補助額は定期券購入費の2分の1(月額上限4万円)で、補助期間は学校の修学年限。在学中は市が発信する地元就職の情報を受け取り、市内の就職関連事業に参加することが条件になっており、卒業後は地元就職の有無にかかわらず、就労証明書または申出書を提出する必要があります。
両市に共通するのは、通学費用を補助するとともに、「地元に住み続けること」自体を制度の前提にしている点です。
通学そのものを支えて、定住につなげる──高岡市
富山県高岡市の「新幹線通学定期券購入補助金」は、北陸新幹線の活用による定住人口の増加を目的に、市内に住み、新高岡駅発着の新幹線通学定期券で通学する人に、1か月定期券で1万円、3か月定期券で3万円を補助する制度です。このほかの要件は世帯全員に市税・国民健康保険税の滞納がないことで、卒業後の居住や就職に関する条件は設けられていません。なお令和8年度からは、令和8年3月31日までに補助を受けたことがあり、継続して同じ学校に通っている人が対象であり、新規入学者や進学者は対象外です。今後も継続されるかどうかはわかりませんが、新幹線通学を定住につなげるための取り組みのひとつとして紹介します。
長泉町・糸魚川市とあわせて見ると、同じ新幹線通学への補助でも、通学を支えること自体で定住につなげようとする設計から、卒業後の居住や就職の意思までを要件に組み込む設計まで、幅があることがわかります。
「呼ぶ」と「離さない」をひとつの制度で──宇都宮市
栃木県宇都宮市の「東京圏通勤・通学支援補助金」は、新幹線で東京圏へ通勤する人と、新幹線で学校等に通学する人の両方を対象にしています。補助額はいずれも新幹線定期券の自己負担額の3分の1(月1万円が上限)です。
通勤の場合は、市に転入する直前に1年以上続けて東京圏に住み、転入から3年以内であることなどが要件で(最大36か月分)、東京圏から人を“呼ぶ”設計です。通学の場合は転入の要件はなく、学校等が定める修業年限の範囲で補助を受けられます。どちらも、補助期間の終了後3年間は市に住み続ける意思があることや、世帯が自治会に加入していることなどが要件で、交付決定日から3年以内に市外へ転出した場合は補助金を返還する必要があります。
新幹線という同じ手段が、「呼ぶ」設計にも「離さない」設計にも使えることを、宇都宮市の制度は示しています。
「先取り定着」という考え方
移住支援金や奨学金返還支援が、地域の外にいる人を呼び込む・呼び戻す設計だとすれば、新幹線通学への補助は「離れる前に手を打つ」設計です。私たちは、いったん転出すると進学先で人間関係や生活の基盤ができ、地元に戻るかどうかがあらためて大きな決断になると考えています。また、いずれ地元に帰るつもりで転出したとしても、数年、数十年後に戻ろうとするときには、地元に生活の基盤や人間関係がほとんど残っておらず、新たにつくり直すところから始まる——それが多くの場合の現実ではないでしょうか。転出そのものを抑えることができれば、その決断を迫る場面自体を減らせます。
ただし、この施策は、新幹線の駅への通学圏内という地理条件に強く依存します。この施策が使える自治体は、新幹線が停まる駅の近くという立地に限られます。私たちは、この「先取り定着」という発想そのものは、新幹線に限らず、高速バスや在来線の特急など、地域の交通条件に合わせて応用できる余地があると考えており、今後の広がりに期待しています。
数十年前には、東京圏で家を買ったり、就職や転勤で部屋を借りたりする経済的な負担を避けるために、地方の自宅から新幹線で通勤するという選択をする人たちもいました。同じ新幹線という手段が、いまは若い世代を地元から「離さない」ために使われている。そこに、時代の移り変わりを感じます。
- 長泉町「定住のための新幹線通学支援補助金」 https://www.town.nagaizumi.lg.jp/soshiki/kodomo/miraibito/shinkansen.html
- 糸魚川市「大学生等地元定着促進新幹線通学応援事業補助金」 https://www.city.itoigawa.lg.jp/page/2831.html
- 高岡市「高岡市新幹線通学定期券購入補助金」 https://www.city.takaoka.toyama.jp/soshiki/sogokotsuuka/2/3/1/1/2735.html
- 宇都宮市「東京圏通勤・通学支援補助金」 https://www.city.utsunomiya.lg.jp/kurashi/teijyu/1013748/1032259.html
- 内閣府(地方創生)「移住支援金」 https://www.chisou.go.jp/sousei/ijyu_shienkin.html
※各自治体の制度内容は2026年9月28日時点の公式ページによる。年度により内容が変わるため、最新の情報は各自治体のページでご確認ください。


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